誰にも言えないけれど、ある日ふと心の奥底から浮上する「有り得たかもしれないもう一つの人生を生きる私」を想像すると、ヤバイことに、切なさと愛しさで、心が「グラリ」と揺れるのであります。見渡せば、この世は生きられなかった「有り得た人生」で溢れているのであります。

そこに「障害」が加わると、障害に起因した社会とのかかわりの中で、「有り得た人生」そして当然「有り得なければならない人生」が使われることなく、あきらめという名の倉庫にしまわれがちであります。

いや、もっと正しく言いましょう。障害当事者だけではなく、例えばその母親や父親や兄弟たちが、もっと言えば障害当事者が愛する恋人や、妻や夫や子どもが、「本来は有り得た人生」を産み出すはずの舞台を奪われている現実もあるのであります。

誰もが「有り得た人生」にため息をつくのですが、それが障害に起因する社会との関係、障害を取り巻く文化によってつかされるとき、障害当事者の自尊感情は静かに損なわれるのであります。

おそらくは、障害当事者やその家族、支援者。障害者に思いを馳せる人々によって進められる障害者福祉の取り組みは、「有り得なければならない人生」はもちろん、「有り得た人生」を産み出す舞台を、この地域に作り出す営みであります。そしてそれは、障害の有る無しに関係なく、人として、誰もが「有り得た人生」を産み出せる舞台づくりに連なるものであります。

2012年。障害当事者の皆さん!その家族の皆さん!支援者の皆さん!応援してくれる全ての皆さん!本年も、人が真ん中の文化を共につくってまいりましょう。







◆作業風景
 各人、やりたいことを勝手にシンドバットであります。


障害当事者で運営されるもやいの世界は、たとえば、GNP最優先みたいな成長・競争主義にはついていけないし、かといって、なにもしないのもおもしろくないので、なんとなく自分のやりたいことや好きなことがあればそれをやろうよね!という感じです。そしてもうひとつ、全ての障害者がやりたいことや好きなことをやれるようになれればうれしいので、そんな社会にするための活動もやっています。そのときはみんなで一つのことを協力しあってやっています。みんな色んな差別を受けてきているので、それぞれ濃いキャラがそろっていて、信じられない出来事も起こったりと波乱万丈で、なんだかひょっこりひょうたん島みたいです。いろいろぶつかり合いもありますが、それも大事なことのような気がします。
ただ、ここのところ、もやいの文化活動が少ないので寂しい気がします。そのかわりに、もやいの忘年会用に、ショートシネマの無声映画「もやい版・赤ずきんちゃん」をつくって楽しみました。2012年は、何か面白い文化活動をやれればなと思います。
さて、年の初めに、東日本大震災で苦しむ障害者の皆さんやその家族の皆さん、そして支援者の皆さんにエールを送りたいと思います。私たちもここで東日本のことを忘れずに日々の活動を進めることで皆さんとつながっていきたいと思います。いつももやいを応援してくれるみなさん、今年もよろしくお願いします。
◆イオンでのバザーは、とても新鮮でございました。お買い物もできて助かりました。
◆文化会館でのバザー。室内ということもあり、静かなので落ち着いて選んでもらえるのであります。
◆恵愛園でのバザー。いろんな人に会えるのもバザーの楽しみの一つであります。



◆秋のレクレーションは、おいしい巨峰を求めて田主丸方面へ!
あたたかな秋晴れの中、のどかな三連水車に、心を和ませる一同でありました。





◆サンアビ祭でのバザー。雨も降りましたが、東日本大震災支援のバザーもあり、有意義な祭りとなりました。








                 
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♪12月はクリスマスで酒が飲めるぞ!酒が飲める飲めるぞ酒が飲めるぞ♪
ということでクリスマス会を開催!この日の主役は2歳の女の子「瑠奈(ルナ)」ちゃんでありました。
その日から1週間後・・・。
♪12月は忘年会で酒が飲めるぞ!酒が飲める飲めるぞ酒が飲めるぞ♪
ということで忘年会を開催!温泉で1年間の疲れを落とし今年最後の宴が終了しました。


                                                                         


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毎年恒例のクリスマス会は、十二月二十二日に開催されました。
担当の人が食事の手配や小さな企画を準備してくれました。
プレゼント交換やカラオケなどを行いながら
みんなで楽しんだのであります。
入院でこれなかった人も何人かいて残念でしたが
飛び入りを含めてにぎやかなパーティとなりました。

SOS事務局忘年会は
十二月三十日にいつもの温泉宿で開催されました。
温泉で一年間の疲れを取り乾杯! 
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飲んで、語って、歌って


そして久しぶりにつくったショートシネマ第3弾
アニメと実写と無声映画の組み合わせという
「赤ずきんちゃん」の上映で盛り上がりはピークに!







最近、時代劇小説を読むせいでありましょうか、つられてシネマも「武士の家計簿」やら「桜田門外ノ変」やらと色々見たのであります。今年見た中で、心の奥深いところにささやきかけてきたシネマは、2時間20分を超える長〜い、このシネマだけでありました。なんと忠臣蔵というスタンダードな物語に、なにを今更?と思うのでありますが、このシネマは、忠臣蔵の討ち入り後16年経過したところから話が始まるフィクションであります。

な〜んだフィクションなどと侮ってはなりません。なんだか武士道とは、今死する

る事で成立するようなところがあるのですが、このシネマでは、死なずに汚名を浴びて生き延びることで成立することもあるのだと教えてくれるのであります。

「忠義。そして忠義を守るという信念」討ち入り直前に大石内蔵助の極命を受け、討ち入りという悲願を奪われ、死ぬ機会さえ奪われた浪士の16年間を支えたのは、この信念でありました。

 しかし、討ち入りという自己実現を奪われながら、誰からもどこからも、評価されることの無い、世捨て人のような暮らしの中においても、人はこうも矜持をもって生きれるのだと、少しずつ心が温まってきたのであります。

 この浪士の役を役所広司さんが、落ち着いた佇まいと目線で演じてくれて、フィクション性を忘れさせ、このシネマをマジ、リアルにしているのであります。拍手パチパチ!であります。

 長〜いシネマといいましたが、最後の方に、人であることの幸せを感じさせてくれるシーンが用意してあるのでありました。「フィルドオブドリームス」のラストシーンを彷彿とさせるそのシーンと、16年間の役目を果たした浪士の一人で迎える最期のシーンが、このシネマを名作にしているのであります。

 「忠臣蔵」自体がもう御伽噺のような存在なのでありますが、その上に、もう一つの御伽噺を重ねることで、「忠臣蔵」という、長い間この国で語り継がれる物語に託された本質が、さらに豊に、深く、表現されたのであります。それは、武士道という小さな虚構を超えて、一人の人間に宿っている人であり続けようとする静かな覚悟と揺るがない暮らしの風景でありました。

 原作者は誰か知りませんが、鳴り止まぬ拍手を送りたいのであります。

 本年もシネマに愛されたいものです。







42年前、わたくしはラジオだけが友達でありました。朝も昼も夜も深夜も、ラジオは天気のありようを語り続け、人の仕出かす出来事を伝え続け、そして、様々な歌を届け続けたものです。わたくしは耳に届く音を聞きながら、18歳の青春の無人島で、わたくしの居場所は、この小さな音を運ぶ箱の中にしかないのではと思い始めていました。どうも社会という大きな箱の中には入れてもらえないのだと思わざるを得ない体験を繰り返すたびに、それは確信に近いものとなっていました。なんともまあ、静かで暗い青春でありました。その中で歌は唯一心に寄せてくるさざ波のようで、この波に乗ってわたくしは、社会を超える世界を獲得するのではないかと夢想したものでした。このうぬぼれは、けっこうわたくしを支えてくれたのであります。想像力は鳥よりも高く飛び、花よりも美しく咲くことを教えてくれた歌たちの中で、一番わたくしを挑発したのはこの歌でありました。ほとんど言葉のないこの歌は、わたくしをなぐさめ、はげまし、なにより甘美に挑発したのであります。

わたくしは透明でゆるぎのない音程のスキャットに包まれながら、その美しさに対峙できることばを探したのでありました。最近、この歌が偶然外国のピアニストの手にとられ、今世界的ヒットとなり再び脚光を浴びています。わたくしは、しばらくぶりに再会したこの歌に、少しの気恥ずかしさをもって、手をふるのであります。「やぁー久しぶり!」


編集後記  最近、「オール大牟田」という言い方が増えました。いい発想なのでしょうが、「なぜそうなのか」の説明が不足していて合理的になりえていません。しかし、障害者施策についていえば、もうずいぶん前から、すべての人の暮らしやすさを実現する社会施策だと説明してきました。障害者と女性の自立はイコールであり、身体機能の衰えた高齢者の社会参加促進とイコールであり、障害者が働くことは経済活性化とイコールであり・・・etc。 障害者施策こそオール大牟田で!